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Diesel Loco Fan 閉鎖・・・10年前を振返って 1

Diesel Loco Fan 閉鎖に辺り、サイトを立ち上げた当時を振返り10年前の画像を掲載して行こうと思う。
この頃はまだ復帰したての頃で、カメラはガキの頃から使っていたCANON A-1での撮影だった。
遠征も殆ど行かなく、精々近畿圏内のみと言った所でしょうか、あまり大した画像もありませんが、どうぞお付き合い下さいませ。

掲載画像ですが、城東貨物線の平野駅構内、百済に進入する前の待機で百済発の貨物列車を待つ単機列車。
いまは完全スルーで入線する形を取っているが、当時はこのように信号待ちをしDD51同士の交換も度々お目にかかる事が出来た。
城東貨物線
2003.5 城東貨物線 平野

80年もの生活を支えた人道橋

昨日、80数年もの長きに渡り人々の生活を支えた赤川橋梁の人道橋は閉鎖された。
列車と人々が交わる橋梁、人々が川の対岸を行き来する生活に欠かせない橋である。

早朝の散歩や通勤に、
城東貨物 城東貨物

昼下がりのクラブ活動、
城東貨物

雨の日も、
城東貨物

通学の帰り道、
城東貨物

夕暮れ時、家路に向かう時、
城東貨物

色々な目的を持ち、人々は川を渡り対岸を往来してきた。

80数年もの長き歴史の、ほんの一撮みしか知らないので多くを語る事も出来ないが、人と列車が交わるこの場所は忘れる事は無いだろう。
そして、ほんの少しでも体感出来た事を嬉しく思い、ほんの一時のワンシーンだが、次世代に語り継げたらと思う。
城東貨物


ある夏の夕暮

太陽が沈みかけ空が茜色に染まる頃、長距離を走る貨物列車は出発準備を終え時間が来るのを待つ。
残照に照らされた、線路や架線、列車の屋根部は鈍く輝き、ビル群が立ち並ぶ背後には六甲山系の山々の姿が浮かび上がる。
そんなとある夏の夕暮れに見た、街中の風景が綺麗に見えた時であった。
城東貨物線
2010.7 城東貨物線 百済

雨の赤川橋梁

今年の梅雨明けは早いもので、近畿地方も完全に夏日となりクソ暑いです!
雨の撮影は億劫な事ですが、シチュエーションを選べば写欲も沸くものです。
当時の赤川橋梁は人道部分の床が板張りで、雨が降ると床がシットリし中々乙な物でした。
そんな中、貨物列車がやって来た時に、人道橋を自転車で渡るシーンが何とも日常的であった。
この人道部分の床も鉄板敷きと変わり、情緒も半減されました。
それに、今年の夏が最後となり80年以上続いた人道橋は幕を閉じる事となる。
城東貨物線
2010.7 城東貨物線 鴫野-吹田

百済構内に佇むDD51

城東貨物線から既に撤退したDD51達、この頃はまだ百済構内も整備されておらず架線の無い状態であった。
昼下がりに到着した列車は仕分線へ押し込まれ、DD51は夜の出発まで構内に留置される。
この日は835、837号機が片を並べ止まっているが、これらのDDは大阪の吹田から離れ、遠くの門司機関区に配備され、今注目の岡見貨物の運用に従事している。
城東貨物
2008.6 城東貨物線 百済
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