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旧型客車

旧型客車、昭和60年初頭の頃はまだ現役で使用されており、全国のローカル線では当り前に見れたし乗車する事も出来た。
しかし、近代化が進む世の中には勝てずやて、国鉄分割民営化の少し前に姿を消す事となった。
だが、現在は少数ながらイベント列車用で残されており、今なお現役のような姿で走るのを見る事が出来る。
国鉄時代

旧型客車の魅力は、やはり車内の何とも言えない暖かさでは無いでしょうか。
内装の床、座席、壁、天井と木製の物ばかりで、現代の車両のような金属製には無い暖かさ・・・
ノスタルジーなムード溢れる照明の演出により、その空間は時の立つのを忘れさせられる。
国鉄時代国鉄時代

何時の日か、こんな車両にビール片手に乗り込み、都会のギクシャクした生活から離れゆっくりと旅をしてみたい。
そんな気持ちにさすくらい、今でも旧型客車の魅力は忘れられない。
学生時分に追いかけ、車両に揺られ旅をした思い出が今蘇る。
国鉄時代国鉄時代国鉄時代
全て、1984~1986


煙モワモワ

秋も深まる頃、車内は暖房で温められる。
旧型客車の暖房は蒸気暖房で、機関車にSG(蒸気発生装置)を搭載しており配管にて各客車へ水蒸気を送り込んでいた。
そして、冷えた外気に蒸気を放出すると、白い煙がモワモワと立ち込めていた。
国鉄時代
1986.10 山陰本線 福知山

国鉄時代
←車掌室を外から撮影してみたが、圧力計が2個設置されていた。
 多分、このゲージで蒸気圧を確認していたのだと思う。
 
            
            国鉄時代
            こちらは陶器製の洗面器だが、湯は蒸気発生させた水蒸気で
            水を温めていたのだと思う。



橋梁を渡る

餘部はよく撮影した場所だが、この頃は駅から直のお立ち台が決まりの場所であった。
少し違う所から撮影しようと思い、この餘部鉄橋を徒歩で歩き鎧側のトンネル付近まで行った。
今なら在りえない行為だが、当時は何も考えて無かったので鉄橋を歩いたり、トンネルを歩いたりとかなり無謀だったと思う。
もう時は既に4半世紀になろうとしてるので時効と言う事で・・・
国鉄時代
1986.8 山陰本線 鎧-餘部

現役、旧型客車

当時は乗り鉄派だったので走行写真は余り撮影していないが、何カットかあった1枚を掲載してみました。
今でこそ車での撮影なのでアッチコッチと行けるが、学生時代は駅から徒歩が基本だったので出来るだけ駅から近いポイントでの撮影となっていた。
ここは久谷駅から浜坂寄りの築堤で手軽に走行を撮影出来、朝は順光だったと思う。
国鉄時代
1986.9 山陰本線 浜坂-久谷

行商列車

私が学生時代はまだ旧型客車が現役で、客車に揺られての旅を楽しんでいた。
その中で、客席と荷物室が1両の車両に一緒になっていた、いわゆる合造車と呼ばれる車両が走っていた。
大阪から"だいせん5号"に乗り込み浜坂へ着くと、1番ホームには542レが止まっている。
国鉄時代
1986.9 山陰本線 浜坂

車両に乗り込むとニスの匂いが仄かに匂い、床は板張りでコツコツと靴音を鳴らしながら座席へ向かう。
車内は白熱灯で網棚の網は金網でなく紐で編んだ物、座席の手摺は木製で塗装でなくニス塗り、壁面は板張りだった。
座席に着座する体勢は、SGの暖房管のカバーに足を掛けて窓のテーブルに肘を付いて座るのがよく見られたスタイルだった。
4時41分、列車は浜坂駅を出発し福知山への各駅停車の旅が始まる。
久谷を過ぎ餘部に到着すると、このオハニ36には大きな荷物を背負った方々が乗り込んできて、大きな荷物は荷物室に収納してた。
そして、城崎に着く頃にはこの車両は行商人で満席状態であった。
そして、この列車が別名"行商列車"と呼ばれる程、行商人には必要不可欠な列車であった。
国鉄時代国鉄時代
国鉄時代国鉄時代
1986.9 オハニ36車内

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