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25‰の勾配に挑む!

東日本大震災によるタンカー迂回列車、磐越西線沿線の電化区間では沿線中最も勾配のキツイ区間がある。
その区間では連日、DD51重連運用によるタンカー列車が郡山へ向けて急勾配に挑むが、25‰の勾配となると列車も速度が上がらず、エンジンを唸らせながら走って行く。
しかし、急勾配の為に車輪の空転が発生するのか、砂を撒きながらの走行で白煙を巻き上げながら登って行く姿は迫力!そのものである。
磐越西線
2011.4 磐越西線 東長原-磐梯町

雪融け間近の会津路

東日本大震災から早2年・・・
この2年前の3月26日、被災地へ石油輸送を行う為、磐越西線を日本海側から縦断し震災地へ輸送されるようになった。
DD51重連牽引によるタンカートレインが日夜走り続けていた・・・
雪融け間近の会津路は春には程遠く、雪がまだまだ融けきれず残っていた。
磐越西線
2011.3 磐越西線 翁島-更科信号場

盤西のセメント列車

磐越西線のセメント輸送が無くなって何年経つのだろうか…
昨年は震災で急遽貨物輸送が始まった事は記憶に新しい事だと思う。
さて、時はさかのぼり数年前までは磐越西線もセメント輸送があり平日のみだったが貨物列車往来していた。
この画像の撮影は3月も終わる末日で前日に水戸へ出張に行った際、翌日に休暇を取り磐越西線へ向かったが、そこに広がった景色はまだ冬の状態であった。
初めて撮影した貨物列車に機関車は、当時から特徴があったDD51 756号機だった事が凄くヒットのように思った。
磐越西線
2006.3.31 磐越西線 山都-荻野

日没直後のブルーモーメント

去年の3月26日、磐越西線ではタンカーでの石油輸送が開始された。
あれから1年だが何故だか一昔前のようにも思える。
北海道や三重、山口ではまだ健在DD51だが、身近で見れたDD51が消えた事で過去の機関車と思えてしまう。
1年前を振り返り去年撮影の画像を見て磐越西線で活躍したDD51を掲載してみた。
画像は新関で日没まなしのブルーモーメントを取り入れ、普通列車との交換シーンを狙ってみた。
磐越西線
2011.3 磐越西線 新関

今年を振り返って

今年は災害が多い年だったように思う。
1月元旦早々から山陰地区は雪害に始まり、3月は一番の災害で東北地方太平洋沖地震、7月は新潟・福島豪雨、9月紀伊半島豪雨、こうして見ると実に甚大な被害をもたらした年であったように思う。
これらの災害によりDL業界は揺れに動き、1月の雪害でラッセル車の脱線、3月の震災では石油輸送で磐越西線で貨物列車が走り、新潟・福島豪雨で只見線の崩壊、そして寝台特急あけぼの号の北上線迂回運転、そして紀伊半島豪雨で紀勢線の橋梁が流された事により新宮にて取り残された特急車両の救出劇…
災害以外では、城東貨物線でのDD51牽引貨物の終了、美祢線復旧完了に伴い岡見貨物の復活と色々ありました。
これら事項により走ったディーゼル機関車の活躍は総て看取ったが、やはり一番印象深かったのは何と言っても磐越西線のタンカー列車ではないでしょうか!
このような列車が走る自体大変な事だったでしょうが、連日長い編成のタンカーを運ぶ使命に熱き物を感じる事が出来た。
来年は、このような緊急事態が無いような年であって欲しいですね。
今年1年、私のBlogを応援して頂き有難う御座いました!来年も続ける事が出来たら良いのに…なんて思っています。
来年も宜しくお願い致します!皆様、良いお年を!

磐越西線
2011.3 磐越西線 山都-荻野
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